祭りの町を駆ける黒獅子くん
約140年前に消えた曳山です。
もういちど、つくってほしいんだ
唐津くんち 曳山「黒獅子」復活プロジェクト

消えた曳山、
黒獅子を復元する。

明治22年を最後に唐津から消えた曳山「黒獅子」を、当時の姿に復元し、約140年ぶりに唐津くんちの列へ帰す。民間の力で進める、復活プロジェクトです。

黒獅子復元の目的

唐津の子供達と一緒に
黒獅子を復元させ巡行する事は、
何事にも変えられない
素晴らしい経験
になるはず。

子どもたちに
唐津に生まれた誇りを胸に抱き、
文化財を大切に思う気持ちを持って
大きく育って行って欲しい

目的を指さす黒獅子くん

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第一話

14台の曳山が
巡行する町

唐津くんちの行列と黒獅子くんワッショイ
毎年11月2日から4日、この町は祭りに沸く。
これが唐津くんち!
ぼくたち曳山が、町を巡行するんだ
唐津曳山取締会から写真の使用許可が下りないため、AIで作成しています
太鼓を叩く黒獅子くんドンドン!

祭りの三日間のために、
町は一年をかけて備える。

和紙を数百回張り重ね、漆を塗り、金銀を施した、世界最大級の乾漆造の美術工芸品。完成まで、およそ3年。

「唐津くんちの曳山行事」として国の重要無形民俗文化財に指定され、ユネスコ無形文化遺産にも登録された、世界に認められた祭り。

▼ くわしく
唐津くんちとは

神様とともに、
町を曳く三日間

題名を指さす黒獅子くん
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佐賀県唐津市にある唐津神社の秋の例大祭(秋季例大祭)です。「くんち」は、秋の実りを神様にお供えする「供日」がなまったものといわれています。毎年11月2日・3日・4日の3日間、豪華な曳山が旧城下町を巡行します。この曳山行事は「唐津くんちの曳山行事」として国の重要無形民俗文化財に指定され、ユネスコ無形文化遺産にも登録されている、世界に認められた祭りです。

曳山とは

御神輿を守るお供として生まれた、世界最大級の乾漆造の美術工芸品です。最初の一台は文政2年(1819年)、刀町の「赤獅子」。そこから明治9年(1876年)の江川町「七宝丸」まで、約60年の間に15台がつくられました。木組みと粘土で形をつくり、和紙を数百回張り重ね、漆を塗り、金銀を施す。完成まで約3年。町の誇りとして、大勢の曳き子が曳きます。

祭礼日毎年11月2日・3日・4日
場所佐賀県唐津市・唐津神社周辺
曳山の規模高さ約7メートル・重さ2〜4トン
文化財指定国指定重要無形民俗文化財「唐津くんちの曳山行事」 / 佐賀県重要有形民俗文化財(曳山14台)
世界的評価ユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」(唐津くんちの曳山行事)
第二話

祭りは三日、
手入れは一年

黒獅子の頭を手入れする職人たち。漆を塗り、目元を磨き、金の巻き毛を直すスッ…スッ…
祭りの三日間の為 一年中、誰かの手が動いている。
漆を塗り直し、金を直し、目を磨いて…
毎年、たくさんの手間と
お金がかかるんだ

14台の曳山は、毎年の手入れと修復によって守られている。
200年を越えて受け継がれてきたものを、現役のまま使い続ける。

文化財を公費で守ることは、道路や公園と同じ、社会の当たり前の仕組みだ。

ここは、ちょっと
まじめな話だよ
座って話す黒獅子くん
▼ くわしく
曳山の維持と費用大切な話

曳山の維持には
多くの税金が
使われています

座って題名を指さす黒獅子くん
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14台の曳山は、毎年の手入れと修復によって守られています。200年を越えて受け継がれてきたものを、現役のまま使い続ける。それは、町の人たちの手間と、決して小さくないお金に支えられた営みです。まずはその実際を、ありのままにお伝えします。

維持には、公費も使われています

曳山は佐賀県の重要有形民俗文化財です。道路や公園と同じように、公共の財産を守るために公費が使われます。この場合、公費は助成金と呼ばれることが多く、つまり税金が使われています。これは文化財の維持として、ごく当たり前の、正当な仕組みです。

毎年いくらぐらいの費用がかかるのか、
またどのような修復にいくらかかっているのか

漆の塗り直し、金具の補修、車輪の整備。曳山を守る費用の大部分は、こうした修復のために使われています。一台あたり毎年どれくらいの費用がかかるのか、公開されている資料をもとに、正確な数字をまとめてお伝えします。

準備中

助成金の流れ

助成金がどこから出て、どのような手続きを経て、何に使われるのか。文化財を守る仕組みそのものを、順を追ってご紹介します。知っておくことで、税金がどのように使われてるかの正当性がわかります。

準備中
第三話

消えた15台目、
黒獅子

夜の行列に浮かぶ黒獅子と、黒獅子くんシン…
明治22年。それが黒獅子が巡行した最後の年だった。
…あれが、ぼく。
紺屋町の曳山、黒獅子
唐津くんちの曳山14台と、絵に残る黒獅子のイラスト。番号は現在のもので、黒獅子は9番目に生まれたが失われたあと番号が繰り上がった
15台のうち、失われたのは
紺屋町の「黒獅子」だけ。
黒獅子は、9番目に生まれた曳山。
失われたあと番号は繰り上がり、
いまは木綿町の「武田信玄の兜」が9番曳山。
曳山の写真は、唐津曳山取締会の使用許可が得られなかったため、イラストで再現しています

曳山は、一台を守り続けるだけでも大きな負担がかかる。
その負担の大きさから、黒獅子は維持されなくなったと推測されている。

誰かのせいで消えたのではない。
ただ、この約140年、「もう一度」と声を上げる人がいなかった。
だから、いま、私たちが声を上げる。ここから、はじめる。

▼ くわしく
黒獅子とは

失われた曳山、
黒獅子

題名を指さす黒獅子くん
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曳山の歴史は、文政2年(1819年)に始まります。刀町が「赤獅子」を唐津神社に奉納したのが最初の一台でした。

それから明治9年(1876年)までの約60年間で、町々は競うように15台を生み出します。和紙を数百回張り重ね、漆を塗り、金銀を施す。高さは7メートル余り、重さは2〜4トン。町の人たちが財産と誇りを注ぎ込んだ、動く美術工芸品です。

その9番目に生まれたのが、紺屋町の「黒獅子」です。紺屋町は、藍を染める職人たちの町でした。漆黒の獅子頭を戴いたその曳山は、明治の中頃まで巡行していたと伝えられています。

黒獅子が最後に巡行したのは、明治22年(1889年)のこと。それきり、曳かれることはありませんでした。

曳山は、一台を維持していくだけでも大きな負担がかかります。その負担が大変で、維持されなくなったと推測されます。

15台のうち、失われたのはこの一台だけ。唐津くんちの曳山行事は国の重要無形民俗文化財に指定され、ユネスコ無形文化遺産にも登録されました。

それでも、黒獅子だけは、それから今日まで戻っていません。

黒獅子は、製作順で9番目の曳山でした。失われたあと、曳山の番号は繰り上げられ、現在は木綿町の「武田信玄の兜」が9番曳山になっています。黒獅子が現存していれば、9番曳山は黒獅子だったはずです。

文政2年(1819年)刀町「赤獅子」奉納。曳山の歴史が始まる
明治9年(1876年)15台目「七宝丸」完成。15台が勢揃い
明治22年(1889年)黒獅子、最後の巡行。以後、曳かれることはなくなる
現在黒獅子を除く14台が巡行。番号は繰り上がり、現在の9番曳山は木綿町「武田信玄の兜」
唐津神祭行列図に描かれた紺屋町の黒獅子を再現したイラスト
※「唐津神祭行列図」に描かれた紺屋町の黒獅子を、イラストで再現したものです
曳山の写真は、唐津曳山取締会の使用許可が得られなかったため、イラストで再現しています
唐津神祭行列図(明治16年)に描かれた曳山の行列を再現したイラスト
※「唐津神祭行列図」(明治16年・1883年、富野淇園画、唐津神社所蔵)に描かれた当時の曳山の行列を、イラストで再現したものです
曳山の写真は、唐津曳山取締会の使用許可が得られなかったため、イラストで再現しています
復元と復活の違い大切な話

「復元と復活」
何が違うのか。

題名を指さす黒獅子くん
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復元も、復活も、失われたものをもう一度つくる。その点では同じです。

違いは、元のものが少しでも残っているかどうか。髪の毛一本でも、太鼓ひとつでも、元のものが残っていて、それを手がかりにつくり直すなら「復元」。何ひとつ残っておらず、すべてを一からつくるなら、それは復元とは呼べません。新しくつくる、ということになります。

大事なこと

実は、黒獅子の太鼓は、いまも唐津に残っています。

約140年前に姿を消した黒獅子の、太鼓だけが現存している。唐津では知る人も多く、地元紙でも伝えられてきたことです。

だから黒獅子は、「復元」できるのです。

そして、復元した一台がふたたび唐津くんちの列に加わり、町とともに生きはじめること。それが、私たちの言う「復活」です。復元をして、復活へ。

太鼓に受け継がれてきた物語は、次回お伝えします。続きは、次回

15分の1の空白

製作順に並べた
15台。
ただ一台だけが、
ここにいません。

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一番曳山赤獅子刀町
二番曳山青獅子中町
三番曳山亀と浦島太郎材木町
四番曳山源義経の兜呉服町
五番曳山鯛魚屋町
六番曳山鳳凰丸大石町
七番曳山飛龍新町
八番曳山金獅子本町
九番目黒獅子紺屋町現存せず
九番曳山武田信玄の兜木綿町
十番曳山上杉謙信の兜平野町
十一番曳山酒呑童子と源頼光の兜米屋町
十二番曳山珠取獅子京町
十三番曳山鯱水主町
十四番曳山七宝丸江川町

※並び順は製作順、番号は現在の番号です。黒獅子は9番目に生まれましたが、失われたあと番号が繰り上がり、現在は木綿町「武田信玄の兜」が9番曳山、江川町「七宝丸」が14番曳山です。

第四話

黒獅子が
帰ってきたら

子どもたちと唐津の町、その先の世界キラキラ
ぼくが帰ってきたら、
何がいいことあるの?
…そう思うよね
全国に届く物語。訪れる人。
そして、自分たちの手で
歴史を取り戻したという誇り。
▼ くわしく
復活の目的・意義

なぜ今、
復活させるのか

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まちの未来

唐津を知ってもらう最大の機会

唐津は観光のまちです。幻の曳山の復活は、唐津を知らない人に唐津を知ってもらう大きな物語になります。訪れる人が増え、まちに賑わいが戻れば、「唐津に住みたい」という人を一人でも増やせる。人口減少が進むいまを逃せば、かつての活気を取り戻す機会は二度と来ないかもしれません。

子どもたちへ

文化を受け継ぐ姿を実物で見せる

失われた文化財を取り戻す過程そのものを、次の世代に見せたい。文化を受け継ぎ、残していくことの意味を、言葉ではなく実物で伝える。復活を見届けて育った子どもたちが、いつか唐津を支える大人になる。それが、いまの大人の責任だと考えています。

世界へ

ユネスコ無形文化遺産の祭り…

唐津くんちの曳山行事は国の重要無形民俗文化財であり、ユネスコ無形文化遺産にも登録された、世界に誇る祭りです。幻の曳山の復活という物語は、国内外の多くの人の心を動かす力を持っています。失われた文化財の復元・再興は、国も後押しする取り組みです。

第五話

黒獅子の制作は
子供達にも
参加してもらいます

子どもたちと一緒に黒獅子の和紙を貼るペタ ペタ
下地となる和紙を、子どもたちに貼ってもらう。
自分の手が入った曳山が
巡行するって、
一生の思い出になると思うんだ

完成した一台を見せるのではなく、生まれる場に立ち会ってもらう。
文化を受け継ぐとはどういうことかを、言葉ではなく体験で伝えたい。

復活そのものと同じくらい、この過程を大切にしている。

▼ くわしく
黒獅子の復活について

つくる過程も、
受け継ぐ機会に

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復元をして、復活へ

復元は、残っているものを手がかりに、失われた一台を元の姿に戻すこと。復活は、その一台がふたたび祭りの列に加わり、町とともに生きはじめること。私たちが目指すのは後者です。現存する太鼓を手がかりに当時の姿へ忠実に復元し、そのうえで唐津くんちに復活させる。だから、この取り組みを「復活」と呼んでいます。

子どもたちと一緒につくる

黒獅子の下地となる和紙を、子どもたちに貼ってもらいます。自分の手が入った曳山が巡行する光景は、一生の記憶になります。文化を受け継ぐとはどういうことかを、言葉ではなく体験で伝えたい。復活そのものと同じくらい、この過程を大切にしています。

制作費と維持費は、どうするのか

制作にかかる費用も、完成後の維持費も、唐津にゆかりのある民間企業と有志の支援で賄います。公費には頼りません。一度きりの制作費だけでなく、その後何十年と続く維持の費用まで含めて確保する。それが、無責任に一台を増やさないための私たちの責任だと考えています。

プロジェクト発起人

黒獅子の復元を、
先頭に立って
進める人たち

題名を指さす黒獅子くん
エミナルクリニック 会長久田 拓儀

黒獅子を復元させたいと強く思う紺屋町の有志の方に、唐津の子供の未来のために黒獅子を復元させたいと思う久田が協力し、このプロジェクトを進めています。

唐津のために、子どもたちへの多額の寄付を続けてきました。「黒獅子の復元で、唐津を盛り上げたい」。その思いが、このプロジェクトの出発点です。

約140年前に失われた一台を、当時の姿に復元し、唐津くんちの列へ帰す。その先頭に立って動いています。

第六話

曳山取締会からの
反対理由

大切な話

曳山を一台増やすことには、現実的な課題がたくさんあります。唐津曳山取締会から示された6つの反対理由を、隠さずここに並べました。どれも、唐津くんちを長く守ってきた方々だからこその視点です。一つずつ、正面からお答えします。

反対理由 1

曳山を運営する組織を新たに作り、管理していくのは無理

私たちの答え

曳山は作って終わりではなく、毎年曳き、手入れをしながら維持していく組織が必要です。一般の会社組織と同じで、代表が替わろうとも永続できる組織の維持の仕方を、資金作りを含めて施行していく予定なので、特に問題なく可能です。

反対理由 2

安全な運行をするための曳き子の教育は無理

私たちの答え

安全を確保して巡行することは非常に大事なことだと認識しております。これは、唐津くんちに限らず、他の祭りやイベント事業も同じだと認識しており、多くのところで多くの人たちが毎年安全に実施されています。多くの人ができていることなので、私たちだから無理ということはありえません。

反対理由 3

15台になると助成金の各町の振り分けが減るのではないか

私たちの答え

私たちは、いま国から支給されている助成金を必要として運営することはありません。ですから、各町の割り振りが減ったり、その運用に口を出したりすることはありません。多くの方が守ってこられたものを、尊重し、変えるつもりはありません。

反対理由 4

黒獅子の復元・保存の費用が、14カ町の資金運営に影響するのではないか

私たちの答え

黒獅子復元、保存にあたり、独自の資金調達等で運営していきますので、14カ町の既存の資金運営に口出す事は一切ありませんし、既存の運営を尊重しております。

反対理由 5

紺屋町の人数だけでは、曳き手が足りないのではないか

私たちの答え

曳山は一台あたり二〜四トン。一台を曳くには大変多くの人手が必要です。紺屋町の方々だけで足りるものではありません。町を越えてどう担い手を確保していくかが大事です。ただし、他の町でも同じ問題に直面しており、解決しながら運営しているわけですから、紺屋町だけが解決できない理由はありません。

反対理由 6

今まで14台でやってきた伝統があるので、今更、黒獅子を入れたくない

私たちの答え

私たちは、14台の伝統を変えたいのではなく、かつて15台だった祭りの姿に戻したいと考えています。15台揃うまでに60年の期間がかかっているわけですから、増えていくたびに違和感はあったかもしれません。でも当時の人はその違和感を好意的に見続けたことによって、今の14台の曳山の姿があると思います。

ほかにもご心配な点がありましたら、どうかお聞かせください。いただいたご指摘は、このページで公開して一つずつお答えしていきます。

第七話

黒獅子を
復元するのは、
あなたの声

たくさんの人に手を伸ばす黒獅子くん
ここまで読んでくれて、
ありがとう。
ひとつ、お願いがあるんだ
幻の獅子を町へ帰すのは、世論の力。
跳び出す黒獅子くんドーン!
お名前とお住まいだけ、
30秒で終わるよ!

一人の賛同が、次の一人へ。
その連なりが、約140年の空白を埋めていく。

きみの一票が、黒獅子を町に帰す力になる。

▼ くわしく
賛同のお願い

賛同のひと押しを

題名を指さす黒獅子くん

一人の賛同が、幻の獅子を町へ帰す力になります。30秒で完了します。

いただいた情報は、賛同数の集計と、同意いただいたメッセージの紹介以外の目的には使用しません。

ありがとうございます。

あなたの賛同を受け付けました。
続報のお受け取りと、次の一人への拡散にご協力ください。

復活までの流れ

一台が
できるまで約3年

題名を指さす黒獅子くん

曳山は3年ほどかけてつくられます。黒獅子も、同じ道のりをたどります。いまどの段階にいるのか、これから何が起きるのか。進むごとに、ここを更新していきます。

1

考証

残された史料や記録から、黒獅子がどのような姿だったのかを明らかにしていく段階です。

2

設計

考証をもとに、実際に曳ける一台としての図面を起こします。

3

原型づくり

木組みと粘土で、獅子頭の原形をかたちにしていきます。

4

和紙貼り

和紙を数百回にわたって張り重ねます。子どもたちに参加してもらう構想があるのが、この工程です。

5

漆と金銀

漆を塗り重ね、金銀を施して、黒獅子の姿を仕上げます。

6

唐津くんちへ

15台目として、ふたたび巡行する日を迎えます。

各工程の詳しい内容や、実際の進捗は、順次このページに追記していきます。

よくある質問

疑問に、
真直ぐ答えます

題名を指さす黒獅子くん
黒獅子は堀に沈んだと聞きましたが、本当ですか。

その話は、書籍やインターネット上で広く語られています。ただ、確かな記録は残っておらず、失われた原因には諸説あるというのが実際のところです。堀に落ちたとされる説についても、当時は現在のような宵曳山の行事がなかったという指摘があり、真相ははっきりしていません。私たちは、確認できる事実だけをお伝えする方針です。いま確かに言えるのは、明治22年が最後の巡行であったこと。失われた理由については、曳山を一台維持し続ける負担の大きさが背景にあったと推測しています。

いまの14台に、新しい曳山を加えるのですか。

いいえ。黒獅子は新しく作る曳山ではなく、かつて実際に唐津の町を曳かれていた紺屋町の曳山の「復活」です。先人たちが57年をかけて作り上げた本来の15台の姿に近づけるための取り組みであり、いまの14台と各町の伝統を最大限に尊重して進めます。

費用は誰が負担するのですか。

制作費用・維持費用とも、民間企業と有志の支援で賄う計画です。公的資金には頼りません。資金の流れは、体制が整い次第このページで公開していきます。

賛同すると、何に使われますか。

いただいた賛同は集計し、復活の実現に向けた地元や関係各所との対話の場で、「これだけの人が待っている」という事実として大切に使わせていただきます。氏名や連絡先を公開することはありません。

寄付はできますか。

現時点では、寄付は募っていません。制作と維持の費用は民間の支援で確保する計画で、このページでお願いしたいのは賛同の声だけです。参加いただける形ができた際は、このページと公式のお知らせでご案内します。

曳山の画像が写真ではなくイラストなのは、なぜですか。

曳山の写真の掲載について、唐津曳山取締会に所定の手続きで使用を申請しましたが、承認をいただくには至りませんでした。曳山の写真は取締会のもとで大切に扱われているものと受け止めており、その判断を尊重して、本ページでは曳山の姿をイラストで再現して掲載しています。掲載のご了解をいただけた際には、順次差し替えてまいります。

最後に

幻の獅子を、
町へ帰すのは。

題名を指さす黒獅子くん

課題があることも、時間がかかることも承知しています。それでも、約140年ぶりの一台を待っている人がどれだけいるのか。その事実だけが、この願いを前へ進める力になります。

お名前とお住まいだけ、30秒で完了します。

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