唐津くんち 曳山「黒獅子」復活プロジェクト

黒獅子
ふたたび。

明治22年の夜、唐津から消えた曳山がある。
137年の時を越えて、幻の9番曳山を取り戻す。

ぼく、137年前に
この町からいなくなったんだ。

黒獅子くん(唐津くんち 九番曳山 黒獅子のキャラクター)

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唐津くんちとは

神様とともに、町を曳く三日間。

黒獅子くん
黒獅子くんこんにちは、黒獅子くんです。まずは唐津くんちのことから話すね。秋のお祭りで、ぼくたち曳山が町を練り歩くんだよ。

佐賀県唐津市にある唐津神社の、秋のお祭りです。「くんち」は、秋の実りを神様にお供えする「供日」がなまったものといわれています。毎年11月2日・3日・4日の3日間、豪華な曳山が旧城下町を巡ります。その曳山行事は国の重要無形民俗文化財に指定され、ユネスコ無形文化遺産にも登録されている、世界に認められた祭りです。

曳山とは

御神輿を守るお供として生まれた、巨大な漆の工芸品です。最初の一台は文政2年(1819年)、刀町の「赤獅子」。そこから明治9年(1876年)の江川町「七宝丸」まで、約60年の間に15台がつくられました。木組みと粘土で形をつくり、和紙を数百回張り重ね、漆を塗り、金銀を施す。完成まで約3年。町の誇りとして、大勢の曳き子が曳きます。

祭礼日毎年11月2日・3日・4日
場所佐賀県唐津市・唐津神社周辺
曳山の規模高さ約7メートル・重さ2〜4トン
文化財指定国指定重要無形民俗文化財(曳山行事) / 佐賀県重要有形民俗文化財(曳山14台)
世界的評価ユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」
曳山の維持と費用

祭りを続けるには、お金がかかります。

黒獅子くん
黒獅子くんここは、ちょっとまじめな話。ぼくたち曳山を毎年きれいに保つには、思っているよりずっとお金がかかるんだ。

14台の曳山は、毎年の手入れと修復によって守られています。200年を越えて受け継がれてきたものを、現役のまま使い続ける。それは、町の人たちの手間と、決して小さくないお金に支えられた営みです。まずはその実際を、ありのままにお伝えします。

維持には、公費も使われています

曳山は佐賀県の重要有形民俗文化財です。道路や公園と同じように、公共の財産を守るために公費が使われます。この場合、公費は助成金と呼ばれることが多く、つまり税金が使われています。これは文化財の維持として、ごく当たり前の、正当な仕組みです。

費用の多くは、修復に充てられています

漆の塗り直し、金具の補修、車輪の整備。曳山を守る費用の大部分は、こうした修復のために使われています。一台あたり毎年どれくらいの費用がかかるのか、公開されている資料をもとに、正確な数字をまとめてお伝えします。

準備中

助成金の流れ

助成金がどこから出て、どのような手続きを経て、何に使われるのか。文化財を守る仕組みそのものを、順を追ってご紹介します。知っておくことで、黒獅子の復活に何が必要なのかも見えてきます。

準備中
黒獅子とは

失われた、9番曳山。

黒獅子くん
黒獅子くんここからが、ぼくの話。紺屋町の9番曳山、それが黒獅子です。137年前に、この町からいなくなりました。

曳山の歴史は、文政2年(1819年)に始まります。刀町が「赤獅子」を唐津神社に奉納したのが最初の一台でした。

それから明治9年(1876年)までの約60年間で、町々は競うように15台を生み出します。和紙を数百回張り重ね、漆を塗り、金銀を施す。高さは7メートル余り、重さは2〜4トン。町の人たちが財産と誇りを注ぎ込んだ、動く工芸品です。

その9番目に生まれたのが、紺屋町の「黒獅子」です。紺屋町は、藍を染める職人たちの町でした。漆黒の獅子頭を戴いたその曳山は、明治の中頃まで町を巡っていたと伝えられています。

黒獅子が最後に町を巡ったのは、明治22年(1889年)のこと。それきり、曳かれることはありませんでした。

曳山は、一台を維持していくだけでも大きな負担がかかります。その重みに耐えきれなくなったことが、失われた理由だと伝えられています。

15台のうち、失われたのはこの一台だけ。唐津くんちの曳山行事は国の重要無形民俗文化財に指定され、ユネスコ無形文化遺産にも登録されました。

それでも、9番の席は137年間ずっと空いたままです。

文政2年(1819年)刀町「赤獅子」奉納。曳山の歴史が始まる
明治9年(1876年)15台目「七宝丸」完成。15台が勢揃い
明治22年(1889年)黒獅子、最後の巡行。以後、曳かれることはなくなる
現在黒獅子を除く14台が巡行。9番の席だけが、空いている
唐津神祭行列図に描かれた黒獅子
「唐津神祭行列図」に描かれた黒獅子(部分)
提灯を掲げて町を行く黒獅子
提灯を掲げ、町を行く黒獅子
15分の1の空白

製作順に並べた15台。
ただ一台だけが、ここにいません。

赤獅子刀町
青獅子中町
亀と浦島太郎材木町
源義経の兜呉服町
魚屋町
鳳凰丸大石町
飛龍新町
金獅子本町
黒獅子紺屋町現存せず
武田信玄の兜木綿町
十一上杉謙信の兜平野町
十二酒呑童子と源頼光の兜米屋町
十三珠取獅子京町
十四水主町
十五七宝丸江川町
復活の目的・意義

なぜ、いま復活させるのか。

黒獅子くん
黒獅子くんぼくが帰ってきたら、何がいいことあるの。そう思うよね。3つあると考えているんだ。
まちの未来

唐津を知ってもらう、最大の機会に。

唐津は観光のまちです。幻の曳山の復活は、唐津を知らない人に唐津を知ってもらう大きな物語になります。訪れる人が増え、まちに賑わいが戻れば、「唐津に住みたい」という人を一人でも増やせる。人口減少が進むいまを逃せば、かつての活気を取り戻す機会は二度と来ないかもしれません。

子どもたちへ

文化を受け継ぐ姿を、実物で見せる。

失われた文化財を取り戻す過程そのものを、次の世代に見せたい。文化を受け継ぎ、残していくことの意味を、言葉ではなく実物で伝える。復活を見届けて育った子どもたちが、いつか唐津を支える大人になる。それが、いまの大人の責任だと考えています。

世界へ

ユネスコ無形文化遺産の祭りから、世界へ。

唐津くんちの曳山行事は国の重要無形民俗文化財であり、ユネスコ無形文化遺産にも登録された、世界に誇る祭りです。幻の曳山の復活という物語は、国内外の多くの人の心を動かす力を持っています。失われた文化財の復元・再興は、国も後押しする取り組みです。

黒獅子の復活について

つくる過程も、受け継ぐ機会に。

黒獅子くん
黒獅子くんぼくをつくるとき、子どもたちにも手伝ってほしいんだ。自分の手が入った曳山が町を歩くって、すごいことだと思う。

「復元」と「復活」の違い

復元は、失われたものを元の姿に戻す技術のこと。復活は、その一台がふたたび祭りの列に加わり、町とともに生きはじめることです。私たちが目指すのは後者です。当時の姿に忠実に復元し、そのうえで唐津くんちに復活させる。だから、この取り組みを「復活」と呼んでいます。

子どもたちと一緒につくる

制作の過程に、子どもたちに参加してもらう構想です。和紙を張る、彩色を手伝う。自分の手が入った曳山が町を巡る光景は、一生の記憶になります。文化を受け継ぐとはどういうことかを、言葉ではなく体験で伝えたい。復活そのものと同じくらい、この過程を大切にしています。

制作費と維持費は、どうするのか

制作にかかる費用も、完成後の維持費も、唐津にゆかりのある民間企業と有志の支援で賄います。公費には頼りません。一度きりの制作費だけでなく、その後何十年と続く維持の費用まで含めて確保する。それが、無責任に一台を増やさないための私たちの責任だと考えています。

資金の方針

公的資金に、頼りません。

制作にかかる費用も、その後の維持にかかる費用も、唐津にゆかりのある民間企業と有志の支援で賄います。公的な支援に頼らず、民間の力で立ち上げる文化再生の取り組みです。

このページで寄付は募っていません。お願いしたいのは、賛同の声だけです。

支援くださる企業・有志は、主役ではありません。主役は黒獅子と、唐津のまちです。

運営主体・支援企業の表記は、公開名義の確定後に掲載します。

賛同のお願い

賛同のひと押しを。

黒獅子くん
黒獅子くんここまで読んでくれてありがとう。名前とお住まいだけ、30秒で終わります。きみの一票が、ぼくを町に帰す力になるんだ。

一人の賛同が、堀の底の獅子を引き上げる力になります。30秒で完了します。

いただいた情報は、賛同数の集計と、同意いただいたメッセージの紹介以外の目的には使用しません。

ありがとうございます。

あなたの賛同を受け付けました。
続報のお受け取りと、次の一人への拡散にご協力ください。

いただいているご心配

ご心配は、もっともです。

黒獅子くん
黒獅子くんぼくが帰ることを、心配してくれている人もいます。長く祭りを守ってきた方たちの言葉です。ちゃんと向き合わせてください。

曳山を一台増やすことには、現実的な課題がたくさんあります。私たちに寄せられているご心配を、隠さずここに並べました。どれも、唐津くんちを長く守ってきた方々だからこその視点です。一つずつ、正面からお答えします。

曳山を運営する組織を、新たに作れるのか

もっともなご心配です。曳山は作って終わりではなく、毎年曳き、手入れをし、次の世代へ渡す組織が必要です。どのような体制なら実現できるのか、先例にあたりながら検討を進めています。具体的な案がまとまり次第、ここでお示しします。

事故が起きたら、保険料が上がるのではないか

祭り全体に迷惑をかけない仕組みが必要だというご指摘だと受け止めています。保険の扱いを含め、既存の14台に負担が及ばない形を関係者の皆さまと相談しながら整えていく方針です。

紺屋町の人数だけでは、曳き手が足りないのではないか

曳山は一台あたり2〜4トン。それを砂地に押し込みながら人力だけで動かすため、一台を曳くには大変多くの人手が必要です。紺屋町の方々だけで足りるものではありません。町を越えてどう担い手を確保していくか。ここは避けて通れない課題であり、いま最も真剣に考えている部分です。具体的な考えがまとまり次第、ここでお示しします。

長く維持していけるのか

一時の勢いで作って、あとが続かなければ、かえって迷惑をかけることになります。だからこそ私たちは、制作費だけでなく、その後何十年と続く維持費まで含めて確保する計画で進めています。詳しい仕組みは、体制の確定後にお示しします。

ほかにもご心配な点がありましたら、どうかお聞かせください。いただいたご指摘は、このページで公開して一つずつお答えしていきます。

復活までの流れ

一台ができるまで、およそ3年。

黒獅子くん
黒獅子くんぼくが生まれるまで、3年くらいかかります。どんなふうにつくられるのか、順番に見てみてね。

曳山は3年ほどかけてつくられます。黒獅子も、同じ道のりをたどります。いまどの段階にいるのか、これから何が起きるのか。進むごとに、ここを更新していきます。

1

考証

残された史料や記録から、黒獅子がどのような姿だったのかを明らかにしていく段階です。

2

設計

考証をもとに、実際に曳ける一台としての図面を起こします。

3

原型づくり

木組みと粘土で、獅子頭の原形をかたちにしていきます。

4

和紙貼り

和紙を数百回にわたって張り重ねます。子どもたちに参加してもらう構想があるのが、この工程です。

5

漆と金銀

漆を塗り重ね、金銀を施して、黒獅子の姿を仕上げます。

6

唐津くんちへ

15台目として、ふたたび町を巡る日を迎えます。

各工程の詳しい内容や、実際の進捗は、順次このページに追記していきます。

よくある質問

疑問に、まっすぐ答えます。

黒獅子くん
黒獅子くんよく聞かれることをまとめました。気になるところを押してみてね。
黒獅子は堀に沈んだと聞きましたが、本当ですか。

その話は、書籍やインターネット上で広く語られています。ただ、確かな記録は残っておらず、失われた原因には諸説あるというのが実際のところです。堀に落ちたとされる説についても、当時は現在のような宵曳山の行事がなかったという指摘があり、真相ははっきりしていません。私たちは、確認できる事実だけをお伝えする方針です。明治22年が最後の巡行であったこと、そして曳山を一台維持し続ける負担が失われた背景にあること。いま確かなのは、この二点です。

いまの14台に、新しい曳山を加えるのですか。

いいえ。黒獅子は新しく作る曳山ではなく、かつて実際に唐津の町を曳かれていた9番曳山の「復活」です。先人たちが57年をかけて作り上げた本来の15台の姿に近づけるための取り組みであり、いまの14台と各町の伝統を最大限に尊重して進めます。

費用は誰が負担するのですか。

制作費用・維持費用とも、民間企業と有志の支援で賄う計画です。公的資金には頼りません。資金の流れは、体制が整い次第このページで公開していきます。

賛同すると、何に使われますか。

いただいた賛同は集計し、復活の実現に向けた地元や関係各所との対話の場で、「これだけの人が待っている」という事実として大切に使わせていただきます。氏名や連絡先を公開することはありません。

寄付はできますか。

現時点では、寄付は募っていません。制作と維持の費用は民間の支援で確保する計画で、このページでお願いしたいのは賛同の声だけです。参加いただける形ができた際は、このページと公式のお知らせでご案内します。

最後に

堀の底の獅子を、引き上げるのは。

課題があることも、時間がかかることも承知しています。それでも、137年ぶりの一台を待っている人がどれだけいるのか。その事実だけが、この願いを前へ進める力になります。

お名前とお住まいだけ、30秒で完了します。

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